「海の手配師」と呼ばれていますが、お仕事内容はどのようなものでしょうか?
水族館や博物館、学者の先生たちが求める生物を、世界中から集めて提供することが私の仕事です。元々はペットショップに卸す生物を手配することがメインでしたが、そのうちに水族館や学者の先生たちからの特別なリクエストに応えて生物を手配することが仕事の中心になりました。
漁師さんと一緒に生物を捕獲した後、無事に輸送してどうやって水族館のお客さんに見てもらうかを考えるという一貫した流れがあるんです。私はただ船に相乗りさせてもらっているだけで、そこには深海漁をやっている漁師さんがいな いと成立しません。私の仕事は魚が取れてからが始まりです。たくさんの人に見てもらって、こんな物を食べるんだ、こんな生態があるんだっていうことを知ってもらいたいんです。
深海水族館というものがなければ、何十年も深海漁をしている漁師さんには成果を披露する場がなかったでしょう。深海というものが今までビジネスとして取り上げられてきませんでした。今では色々なマスメディアを通して深海というものが広まっていて、将来的な職業観の一つにもなってきました。テレビを見て興味を持ってくれて、「海洋学部を受験するんです」と水族館に報告に来てくれた子もいましたね。
「海の手配師」というのは、12年程前にTBSの「ブロードキャスター」という番組内の「変わった仕事」というコーナーで私が取り上げられた時、当時のディレクターがつけてくれました。「アクアリウムコーディネーター 石垣幸二」とか色々な案が出たみたいですが、私の性格的にかっこいいカタカナ名じゃないな…っていうのがあったらしく(笑)それで「海の手配師 石垣幸二」に。はじめ私の出演は1回きりの予定だったんですが、好評だったようで「海の手配師シリーズ」として第2弾、第3弾と続いていきました。
おそらくそうですね(笑)水族館などを相手に、世界中から魚を手配するというのが変わった仕事ということでテレビ的にもインパクトがあったんでしょうね。手配師の仕事より、ペットショップに卸す仕事の方が商売としては安定していたんですけどね。キレイな魚とかかわいい魚とか売れるアイテムは決まっているし、次はこれくらい注文が来るなっていうのも予測できる。魚の名前と値段だけ見て合理的に輸入して、すぐ売って。ペットショップに卸す仕事をメインにしていた頃は、そんな感じで魚なんてきちんと見ちゃいなかったですよ。
そんな時に20年来の友人のさかなクン※がうちに遊びに来たんです。彼はね、カワハギとかマダイとかなんでもない魚を褒めまくるわけですよ。正面から見たらかっこいいとか、食べたらおいしいとか、ひとつひとつ褒めまくる。つまらない魚なんていないんだって。純粋に魚が好きなんですね。それと比べて俺は何やってるんだろうって思ったんですよ。魚が売れてやっと生活ができるようになったんだけど、魚をただの道具にしてるじゃないかって。元々魚が好きで、海を究極に追い求めたかったはずなのに。
さかなクンはすごくて、小学生の時にタコに興味を持ったらしいんだけど、どうやって勉強したのかというと、図鑑を書いている先生に直接質問して勉強したんだって。図鑑を書いてるその人に聞くのが確かだし一番早いからって。
※さかなクン|魚類学者で、タレント、イラストレーター。
さかなクンオフィシャルサイト
http://www.sakanakun.com/
私もそうやって有名な先生に話を聞きたかったんですけど、全く相手にしてもらえなかった。だから、どうやったら先生と話ができるだろうって考えたんです。この先生は何に困ってるんだろう?何をしたら助かるんだろう?って。先生たちは研究用の資料としての魚を必要としてたんですね。それで思わず「僕、便利屋なんです。海外はよく行くし、地元の市場やレストランなんかも見て回るので、色々な魚が探せますよ!」って口から出まかせ言ったんです。そうやって先生から1匹3,000円のオーダーをもらうようになったんです。近所で取れる魚も、スリランカまで行かないと取れない魚も経費・送料込で一律1匹3,000円ですよ(笑)
――まずはお金のためじゃなく、ということですね。
そうです。バカみたいな話なんですけどね(笑)手に入れた魚を持って行った時には「本当に持って来たんだ!それは助かるな」って言ってもらえて。普通だったらまともに会ってもらえる相手じゃないんだけど、先生に魚を直接持って行けば話が聞ける。まだ研究中で世の中に発表される前の情報も教えてもらえるんですよ。そんなことが貴重でおもしろかったですね。
そういうことを何回か繰り返していくと、学者の先生同士は横のつながりがあるので、私のことは口コミで広がっていきましたね。そうして水族館や博物館からのオーダーの仕事、つまり手配師としての仕事が増えていって、今では全体の取引の9割を占めるようになりました。
海外に送った生物が死んでしまった時、補償期間外だったのにも関わらず全額補償したというお話をうかがいましたが。
1匹40万円のシードラゴンを4匹納入した時の話ですね。この商売の世界だと、送った生物が死んでしまっても全く補償なしっていうことがほとんどなんですよ。中には元々死んだ魚を送りつけるなんていう話もあるくらいです。
――そういう世界での補償ですから、すごいことですよね。
そうですね、思い切ったことをしました。そのシードラゴンは納入先に到着して一週間後に全滅してしまったんです。契約上、補償は到着してから24時間ということでしたが、それを打ち破って補償しましたね。「世界一のサプライヤーになる」という目標のためには、お金のことよりもっと大事なことがあるんじゃないかと考えたからです。納入先は動物園の中にある小さな水族館で、そこで特別展をやりたいからシードラゴンが欲しいという話でした。だから、飼育する人が魚をあまり分かっていない動物の専門家だったんです。そういう事情があったのに、自分はきちんと納入後のフォローをしていなかったんですね。どのくらいのエサを食べるとか、水温や明るさをどうしたらいいのかということを、彼らにきちんと説明していなかった。届けた後にこちらから連絡するのも、生物の調子が悪いとか何かクレームまがいのことを言われたら嫌だなと思ってできなかった。だけどやっぱり自分の中では引っかかっていて、「ただ売れればよかったのか?」「お前はこの仕事をこれから先何年続けていくのか?」という言葉を自問自答して。その頃はこの商売で生活できていなかったし、借金もあったんです。でも逆にこれ以上落ちようがないというのもあって散々悩んだ結果、補償することに決めました。
――その時、奥さまには何と言われましたか?
「決めたルールを破ってまでやるなんて、あなたには会社をやる資格はない」って言われました。その通りだなと思いましたね。その言葉を裏付けるように、補償したすぐ後に納入先の担当者が動物園を辞めちゃったんです。ここまでやったのに…ってショックでしたね。もう、うちの会社は潰れると思いましたよ。
ところが、その2か月後くらいにアメリカのボストン・シカゴ・ロサンゼルスの水族館から1匹40万円の魚41匹の注文がいきなり舞い込んで来たんです。付き合いもなかった取引先なのにどうしてだろうと思っていたら、ボストンの友人が「AZA※の発行している冊子にお前の名前が載っているよ」って教えてくれたんです。シードラゴン納入先の、例の担当者が辞める前に投書したみたいなんですね。日本にはこんなに素晴らしいサプライヤーがいるよって。それを読んだ人たちが、これほどきちんと補償してくれるサプライヤーなら高い魚をお願いしても安心だろうと考えて注文したようで。「すばらしい!エクセレント!」っていう情報はあっという間に広まって、アメリカ各地から驚くくらいオーダーが入りました。あの出来事がなかったら会社は終わっていたと思います。
※AZA(Association of Zoos and Aquariums)
アメリカの動物園・水族館協会
――素晴らしい決断だったんですね。
もしあの時と同じ状況になったら、今は守るべきスタッフもいますし、正直迷うと思います。ただこれからも、「お客さんはカスタマーではなくパートナーだ」という考えの元で、正確な情報を提供して安心できる長い付合いを続けていきたいですね。
――ところで、海外に買付に行くときは通訳をつけられるんですか?
つけないですね。基本的には自分で英語を話します。大学1年生の時に初めて一人でニュージーランドに行ったのが初海外です。人見知りも恥ずかしさもなくて、地元の人を見ると勉強したいからどんどん話しかけていましたね。そこで積極的に話しかけたことで英語力は上がったと思います。
25年くらい前から海外に買付に行っていますが、東南アジアの漁師さんたちは貧しくて、英語ができない人もたくさんいました。そういう場合は、同じものを食べて、同じ様に海に入って、一緒に時間を過ごすしかなかったですね。そうやって一日一緒にいて時間を共有することで、言葉を越えたコミュニケーションがとれていきました。
フィリピンなんかだと普及率が上がってますね。若い世代は英語をしゃべる世代になっています。昔とは比べ物にならないくらい、標準的に英会話が展開されています。
――英語ができれば、買付交渉に昔ほどの苦労はないかもしれませんね。
英語は重要だと思います。国際会議をはじめ、色々な国の人が集まって一斉に話すときは必ず英語ですからね。そういうときには英語ができるかどうかがすごく大事ですね。私みたいな中途半端な英語レベルだと、一週間くらい一緒にいて同じ時間を過ごすとき、もっと話せればもっと楽しめるのにな…ということがたくさん出てきます。夜に付合いで飲みに行ったときに、いまひとつ盛り上がることができないなって。だからそういうときに使える英語のステップアップをしていきたいですね。
22歳の卒業旅行、ケニアでキャンピングサファリに参加した時の出来事です。ドライバーを雇って、色々な国の人が車に相乗りして2週間くらい周遊するというものです。夜にはキャンプファイヤーがあって、みんなでしゃべったり歌ったりするんだけど、当然会話は英語。話題が文化や音楽になると全然わからなくて、そうなると先に寝るからって言ってテントに引っ込んじゃうんですよね。メンバーの中に60歳くらいの大学教授がいて、私を息子のようにかわいがってくれていました。そんな時、彼がとても優しく言ってくれたんです。「分からないからこの場にいても…って思うのは分かる。でも、もっと一緒に時間を過ごすことが大事だよ。俺が話を振るから、お前の好きなことを話せばいいよ。とにかく一緒にいることだよ。」って。
例えば、水族館の国際会議に1週間くらい参加していると、専門的な話題はほとんど話し尽くしちゃうんですね。そうなると、家族とか政治とか専門以外の話が出て来るから、自分は思わず引こうかなと思ってしまうんだけど、そうするのではなくて。分からなくてもその場に留まって、自分から話題を投げかける勇気を持つことが大切ですね。その場を去ってしまうと全て終わりです。語彙力がなくても、お互い興味があって繋がれる所をたくさん持つような努力をすれば、そこにコミュニケーションは生まれます。人と人との普通のコミュニケーションですよ。そうして繋がって自分の想いを伝えるとか、相手の人をもっと知ろうとすることが大切です。
これです。「世界一のサプライヤーになる」!オフィスからも水槽のある場所からも見られるよう、ここ(社長室)に飾っています。
なっていないと思っています。信頼なんていうものは一瞬で崩れるものだし、こういうことは終わりがあるものではありません。終わりのない目標ですね。生物輸送には、こうやれば絶対にうまくいくなんていう方法はないんですよ。季節によって、ルートによって、時間によって、色々な要因の中で成功させないといけないので、常に改良が必要です。日々、目の前のひとつひとつを続けていくしかありません。スタッフが今20名くらいいますが、私の考えを伝えるのはこの一言だけ。商売をやっていくと、色々なシチュエーションやパターンで問題が起こると思いますが、立ち返る場所さえあればブレることはない。この言葉があれば迷うことなく、みんなから自然と解決策が出てきます。それが今のブルーコーナーの強さだと思っています。
5 Questions
- 好きな本
JAMSTEC(ジャムステック:海洋研究開発機構)の研究員、佐藤孝子さんの「深海生物大辞典」です。佐藤孝子さんは私からすると雲の上の人なんですが、子どもにも読んでもらえるように表現をやわらかくし、イラストも加えながら子供向けの絵本を出されている方です。研究者の立場でありながら、コアな情報を万人にわかりやすく解説されています。学術的でもあるし、深海生物のバイブルでもあるし、子どもが読んでもわかる。そういう表現の本はこれが初めてだと思います。
- 好きな音楽
海系をよく聞いてますね(笑)TUBEとか山下達郎とか桑田佳祐とか。明るい音楽だけじゃなく、フォークも好きです。さだまさしや谷村新司なんかです。
さだまさしの「風に立つライオン」を聞いて先ほどお話したケニアに行ったんですよ!歌詞に出てくる景色を自分の目で見てみたいなと思ったんです。
「風に立つライオン」(歌詞抜粋)
" 100万羽のフラミンゴが一斉に翔び発つ時 暗くなる空やキリマンジャロの白い雪 "
- 今のお仕事に就いていなかったら何をしていましたか?
マリンリゾート関係ですかね。TUBEの曲をかけてね(笑)海に潜る、波に乗る、磯遊びをする、そういった海のエンターテイメントをやってみたいなっていう気持ちはありますね。
- アイデアが浮かぶ場所・リラックスできる場所は?
アイデアが浮かぶのは水族館か海ですね。特に漁に出ているときが一番アイデアが浮かびます。生物が揚がってきて、それを見た瞬間にどうやって展示しようかって次々とアイデアが浮かびます。沼津港深海水族館のヒカリキンメダイ※の展示も、現地でヒカリキンメダイの群れを見て「深海のプラネタリウムだ」と思ったところが始まりです。他の水族館だとのぞき窓からちょっと覗けるようなものばかりなんです。でも自分が見たのはミルキーウェイみたいに光の帯が動く様だったので、それをみなさんにも見てもらいたいなと思って「プラネタリウム」にしました。
リラックスできるのも水族館と海ですね(笑)仕事と同じじゃないかと思われるかもしれないけど、全然そんなことないです。好きなことをやっているんだから、そこが好きで自分がいたい場所ですね。
- 過去の自分・未来の自分へのメッセージは?
過去の自分へは何もメッセージはありません。過去は一切振り返らないので。
未来の自分へは「体力は落ちていくけど、がんばれよ、諦めんなよ!」ですかね(笑)
歳は取っても、今のモチベーションを落とすことなく突っ走りたいですね。
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石垣 幸二さん 有限会社ブルーコーナー 代表取締役社長 沼津港深海水族館 シーラカンス・ミュージアム 館長 1967年、静岡県下田市出身。 2000年、有限会社ブルーコーナー設立。世界各国の水族館や博物館などに海洋生物を供給する「海の手配師」として活躍。 2011年、沼津港深海水族館 シーラカンス・ミュージアム 館長に就任。 有限会社ブルーコーナー http://www.bluecornerjapan.com/ 沼津港深海水族館 シーラカンス・ミュージアム http://www.numazu-deepsea.com/ |