織衛さん(以下、織):私たちは中学の同級生なんですが、その頃には全くお互いを意識することはなくて…。
清美さん(以下、清):お互いの存在は知っている、というくらいでした。
織:バイト先の上司に連れられて行ったのがバー初体験でした。バーというものがよくわかっていなかったのですが、その場所でお酒を楽しむ先輩たちの姿がすごくかっこよく見えたんです。あんな風に自分もお酒を注文したり飲んだりしたいなって…。お酒のことは全く分からなかったので、バイトの初任給でカクテルブックを買って勉強したんです。バーでお酒をかっこよく注文して「お、いつのまにそんなこと覚えたんだ?」ってびっくりしてもらいたくて(笑)そこから三島・沼津のバー巡りを始めて、この辺りのバーはすべて制覇しました。はじめは客の立場でしたが、徐々にバーの中の仕事に興味を持つようになり、家でカクテルを作って友達に振る舞ったりしていました。
すぐにでもバーテンダーになりたかったのですが、親に反対されたので、まずは違う飲食業界で働きました。そこで洗い場、調理、ケータリング、パーティー設営、営業に至るまで様々な経験をさせてもらい、3年半後に三島市内のバーで働き始めました。その後、銀座のバーなどで修行をして三島に戻ってきました。
清:私は短大を卒業後にニュージーランドとスイスに留学しました。日本に戻ってからは会社員として働いていたのですが、24歳の時に初めてバーに連れて行ってもらいました。そこで初めて見たバーテンダーさんの動きがすごく素敵で、引き込まれてしまったんです。たまたまそのお店で運よくアルバイトとして雇ってもらえることになって。その頃主人も地元に戻ってきていて再会しました。同級生なので顔を合わせる機会もあったし、仕事終わりに同業者のみんなで食事に行くことなんかもあって。
織:そして2005年8月に結婚、同じ年の10月にこちらのBAR YUMOTOをオープンしました。
――結婚式は海外で挙げられたとうかがいましたが。
織:スコットランドのアイラ島という場所です。
――アイラ島はどんな場所ですか?
織:スコッチウイスキーの蒸留所がたくさんある島です。バーテンダーでウイスキーを好きじゃない人はいないと思うんですが、アイラ島は「ウイスキーの聖地」と呼ばれている場所で、個性的なウイスキーを作っている蒸留所が8カ所あるんです。結婚式だけではなくて、新婚旅行と仕入れと研修も兼ねて…。スコットランドで結婚式をした人ってそんなにいないだろうし、せっかくバーテンダー同士なんだからそういう場所を選ぶのもいいかなと。こういうときに語れるネタにもなるし(笑)
織:ハワイみたいに気軽に式を挙げられるプランのようなものがなくて、自分たちで神父さんを呼んで結婚式を司る人たちを呼んで…きちんとした手続きを踏まないといけなかったんです。
――メールや電話でご自身が手続きをされたんですか?
織:私の母が英語を使えるので色々と手伝ってもらいました。英国大使館でマリッジビザを取る手続きをしたり書類を持って行ったり…。「結婚するのってこんなに面倒くさいのか!?」と思ってしまいました(笑)
清:ようやく現地に到着しても、入国審査の時には「なぜここに来たのか?」とか「なぜここで結婚式を挙げたいんだ?」とか質問攻めに遭ってしまって、入国審査に1時間くらいかかりました(笑)
――結婚式はご家族のみなさんも一緒でしたか?
清:いえ、私たち二人だけでした。でもアイラ島行きのフェリーの中で知り合った日本人の方が式に列席してくださって、写真を撮ってくれました。
織:当日は台風みたいな土砂降りで(笑)
清:仕方がないので小屋みたいな建物の中で式を挙げて…。白いワンピースと指輪ぐらいしか準備していなかったのですが、宿泊していたホテルの奥さまに、お庭の花でブーケを作っていただきました。
――自分たちで手作りした結婚式という感じですね。
清:そうですね。でも準備も式自体も本当に大変でしたね。全て英語でやらないといけなかったので。
織:彼女は英語ができるので問題なかったですけど、私は英語全然だめなので…。式で使う英語のフレーズを覚えるのに苦労しました。
清:そのフレーズは日本にいるときから練習をして暗記していたのですが、結婚式直前にホテルの方たちからお祝いのウイスキーをいただいてしまって…。式まで時間がなかったので、かなりの量のストレートを一気に飲んでしまったら、着くころにはすごく酔っぱらってベロベロになって…。ひどい式でしたね(笑)
――清美さんは英語をどちらで学ばれたんですか?
清:短大は英語とは関係のない保育科だったので、卒業後に行った海外で学びました。まずはニュージーランドに半年、その後はスイスでベビーシッターをしながら2年ほど暮らしていました。スイスの公用語はドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語でほとんどの部分がドイツ語なんですね。なので、スイスにいた時にはドイツ語を勉強していました。でも海外に行くとやはり英語での会話が主流になるので、友達と会話するときには英語を使っていました。
織:22、3歳の頃でしょうか。お酒の飲みはじめの頃はやはりカクテルを飲んでいたんですけど、そのうち単体でお酒を楽しむようになっていって。私も最初は我慢して飲んでいましたよ(笑)周りの年上の人たちがウイスキーをロックで飲んでいてかっこいいなと思っていたんですけど、慣れていないのでいきなりはそんなの強くて飲めないんですね。水やソーダで割ったものから飲みはじめて、徐々に慣らしていって飲めるようになりましたね。今では一番好きなお酒はウイスキーだなって思いますよ。
――私はこちらのYUMOTOさんがバー初体験だったんです。私のような初心者がバーを楽しむためのお作法などはありますか?
清:難しく考えることなくなく、お好きなように楽しんでいただければいいです。ただ、静かにお酒を飲みたい方やゆっくり過ごしたい方など、色々な方がいらっしゃるので「みんなで場を楽しむ心」を持っていただければうれしいですね。分からないことは遠慮なくバーテンダーに聞いてもらえればいいです。そのバーテンダーとの会話がまたバーの楽しみの一つになると思います。会話を通して、自分好みのお酒を出してもらうことが楽しかったり。
織:そうですね、メニューがあるとどうしても知っているお酒や決まったメニューばかり注文することになってしまって、おもしろくないですよね。それよりも、私たちはお客様のその時の気分にぴったりのものを作りたいと思っています。「さっぱりしたものが飲みたい」という抽象的な言葉とか「ビールは苦手なんです」という好みを伝えていただけるだけでいいんです。お客様はお酒が全くわからなくても大丈夫です。メニューがないことで、お客様に合わせたお酒を作ることができるのでバーテンダーとしては作りやすいし、お客様も本当に飲みたいものにたどり着くことができると思います。
清:せっかく飲むんだったらおいしいものを召し上がっていただきたいですよね。私もお客様からのヒアリングを大切にしています。
織:味の好みはもちろんですが、その時のお客様の酔い具合やお酒に強いかどうかも判断材料にしています。お客様の中には「今日は4杯お任せで頼むよ!」とご注文される方もいらっしゃいます。その時にはお料理のコースのように順番を考えてお出しするようにしています。
織:うちはホームページを持っていなくて、FacebookなどのSNSもやっていないんです。なぜかというと、お客様には実際にお店に入ってから感動してもらいたいし、お店に入るまでのわくわくした気持ちを味わってもらいたいからなんです。それには余計な予備知識がない方がいいと思っています。
清:今はネットで調べると全部わかってしまいますよね。プロフィールからメニューから何もかも…。
織:ネットで事前に情報を見てしまうと、行った気になっちゃいますよね。お料理やお店の雰囲気まで、行ってもいないのに分かってしまうよりは「行ってみないとわからないから行ってみよう!」そう思っていただければうれしいですね。今の時代だからこそ、あえて情報を隠していきたいなと思っているんです。
清:口コミで「あのお店、良かったから行ってごらん」と聞いた情報の方がネットよりも確実だし、お客様も安心できると思うんです。そうやって評判が広がっていってくれるのが一番いい形ですね。
――バーテンダーとしてご夫婦で同じ職場というのはいかがですか?
織:育った環境が違うので、衝突まではいかないですけど、言い合いになったりすることはありましたね。
清:そういう時にはとにかく話し合います。お互いに歩み寄って対等な関係で…
織:いや…ご夫婦で飲食店されているところはみんなそうだと思いますけど、奥さんが強いですよ…(笑)その方がうまくいくって聞くし、そうだなぁと思っています。
清:そんなことないですよ~、そう見せているだけです(笑)他のご夫婦を見ていても感じますが、ご主人がきっちりされているから奥さんが自由に意見できるんだなって。
織:実際、妻が一緒にいることで、男性の感覚だけでなく女性の感覚もお店作りに活かせることが強みですね。二人の違いを組み合わせていくことでより良いお店が作れると思っています。
清:日本で開催された大会は静かで厳粛な雰囲気だったのですが、世界大会はお祭りみたいに音楽は流れているし応援もとても賑やかで、雰囲気の違いに驚きました。
清:日本のバーテンダーは技術至上主義で、その動きは茶道に通じるものもあると思います。
織:味に関して言えば、外国の方が作るカクテルは味の幅が広くてクリエイティブですね。エスプレッソとマティーニを合わせるなど、素材の組み合わせも斬新です。国内旅行でも海外旅行でもレストランやバー巡りをするんですが、メニューを見るだけでも勉強になります。
清:日本人の味覚は繊細でマニアックというか(笑)それぞれの味が主張しすぎるのではなく、ほのかに香るくらいがいいんですよね。
「カクテル日本一競う 全国バーテンダー技能競技大会/朝日新聞社」
https://www.youtube.com/watch?v=nWfGRlzR-x8
織:お店のどんな姿が100%なのかはまだわからないのですが、その100%に近づけていきたいと思っています。その100%の姿を探しながら、お客様にご満足していただける空間作りやサービスを追求していきたいですね。お客様から見るとバーテンダーは「お酒を作っている」ところばかりが注目されがちですが、それ以外の部分も充実させたいです。
――こんなに素敵なお店なのに、まだ何か足りないと思ってらっしゃるんですか?
清:そうですね。自分たちが目指している姿にはまだ到達していないかなと思いますね。そこを目指して何ができるか、日々考えています。まだまだ力不足です。
織:例えば、これまでお店に来てくださっていたお客様の中には、お子さんが生まれたのでバーに行けなくなってしまったという方がいらっしゃるんです。そういう方にも気兼ねなく来ていただけるようなお店にしたいですね。今年のゴールデンウイークはお子さん連れでお店にいらしていただけるように昼間にイベントをやったんです。窓を開け放って、みんなでモヒート飲んでシャンパン飲んで…楽しかったですね!
清:お子さんにバーカウンターの中に入って、バーテンダー体験もしてもらいました。シェイカーの持ち方を習って、ジュースでカクテル作り!
これまでお店は夜の雰囲気作りにこだわってきましたが、これからは家族みんなで楽しめる昼間の雰囲気作りも進めていきたいですね。
- 今の仕事に就いていなかったら何をしていましたか?
清:放浪の旅ですかね(笑)ヨーロッパに行きたいですね。ヨーロッパの文化や歴史には日本人の感覚に近いものを感じるんです。
織:子どもの頃はパイロットになりたかったですね。その後は野球選手や警察官や…(笑)
- 過去の自分、未来の自分へのメッセージ
織:過去の自分にどうしても言ってやりたいことがあるんです!「英語の勉強ちゃんとやっとけ」って(笑)母がCA(キャビンアテンダント)をしていて英語を話せたんですが、母が教えてくれようとしていることに逆に反発してしまって、英語が一番嫌いな科目だったんですよ。あの頃ちゃんとやっていれば…(笑)
- アイデアが浮かぶ場所、リラックスできる場所は?
織:食事に行ったレストランで新しいカクテルのヒントをもらうことがあります。食材との組み合わせで。アイデアを求めてわざわざ外食することもありますね。リラックスできるのはジョギングしたりして体を動かしている時ですね。肉体は疲れても心がリラックスできます。
清:お客様の意見から新しいアイデアが生まれることがあります。リラックスできるのは二人の子どもたちが幼稚園に行っている間、家に一人でいるときですね(笑)
- BAR YUMOTO
今回のインタビューは湯本さんご夫婦の店「BAR YUMOTO」におじゃましました。
夜の雰囲気とは違った、緑豊かな昼間の風景も素敵でした。
Kiyomi Yumoto 湯本 清美さん
1975年、静岡県三島市生まれ。
高校卒業後、飲食業界で経験を積んだ後、本格的にバーテンダーを目指す。
三島市内のバーや銀座の「Bar Taliskar」などで修行。
2005年8月、清美さんと結婚。
2005年10月、夫婦でBAR YUMOTOオープン。
清美さん
1975年、静岡県三島市生まれ。
ニュージーランド・スイスへの留学後、会社員を経てバーテンダーを目指す。
三島の「バー奈良橋」にて経験を積む。
2008年、全国カクテル・コンクールで優勝。
2009年、日本代表として世界大会進出。
- 好きな本
織:旅行、料理、グルメ関連の雑誌をよく読みますね。そこで見つけた新しいお店に行ってみたり、きれいな景色の場所に行ってみたり。仕事のアイデアにもなりますね。
うちのスタッフにはよく「おいしいものを作りたければ、おいしいものを食べろ」と言っています。おいしいものを実際に食べてみないとわからないんですよね。お客様から「よかったよ」と聞いた場所には行ってみたいし、おすすめのメニューを食べてみたい。そういう経験が必要だと思っています。
清:渡辺 淳一さんの「花埋み(はなうずみ)」です。日本初の女医、荻野吟子の伝記です。明治時代、女性は勉強などせず結婚して子どもを産むことを求められていた時代に女医を目指した女性の話です。逆境に負けず奮起する姿から、すごく力をもらえる本です。
- 聞いている音楽
織:お店で流す音楽はクラシックだったりオペラだったり映画音楽だったり…決まっていないですね。プライベートではそんなに音楽は聞かないです。
清:どちらかというと自然の音とか町の音を聞いていたいので、歩くときに音楽を聞いたりもしないですね。
インタビュー・文=塩道 美樹 / 写真=モロイ・ジェームズ、林 奈津子、塩道 美樹
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